1.筋肉の名称(和名・英名・ラテン語)
- 和名:母指内転筋(ぼしないてんきん)
- 英名:Adductor pollicis
- ラテン語:Musculus adductor pollicis
母指内転筋は、母指を示指側から掌の中心へと引き寄せる筋であり、
母指球筋群の深層に位置する。
「母指対立筋」が母指を掌へ回旋・屈曲させるのに対し、
「母指内転筋」は母指を内側(第3中手骨方向)へ引き寄せる働きを担う。
物をつまむ・握るなど、精密動作に不可欠な筋である。
2.起始・停止
- 起始:
- (斜頭)有頭骨、第2・第3中手骨底
- (横頭)第3中手骨の掌側面
- 停止:
斜頭(おうとう)と横頭(おうとう)の2部から構成される。
斜頭は有頭骨や第2・3中手骨底から、横頭は第3中手骨の掌側から起こる。
両者は合流して母指基節骨底の内側(尺側)へ停止する。
この二頭構造により、内転と屈曲を同時に行う複合的な動きを実現している。
3.支配神経
母指内転筋は尺骨神経深枝によって支配される。
他の母指球筋(短母指外転筋・短母指屈筋・母指対立筋)は主に正中神経支配であるため、
この筋のみが母指球の中で唯一尺骨神経支配である点が特徴的。
そのため、尺骨神経麻痺では「Froment徴候(フローマン徴候)」が出現する。
4.作用
- 母指の内転(母指を第3中手骨方向へ引き寄せる)
- 母指の屈曲補助(特にMP関節)
- つまみ動作(母指と示指でのピンチ)に寄与
母指を掌の平面に近づける「内転」を行い、
他の指と向かい合わせて物を挟む(ピンチ)動作を支える。
母指対立筋が母指を掌に回し込むのに対し、
内転筋はより掌の平面内で引き寄せる動き。
日常ではペンを持つ、紙をつまむ、ボタンを留めるなどの動作に関わる。
5.関連する経穴
母指球部には手の太陰肺経(魚際)、
さらに示指側の間隙には手の陽明大腸経(合谷)が走行する。
「魚際」は母指内転筋の表層に位置し、母指球痛やピンチ動作のこりに有効。
「合谷」は母指内転筋の作用と経筋連絡が強く、母指・示指の協調動作を整える。
両経穴は、母指球部の循環・神経調整に有効な組み合わせとして臨床的にも多用される。
6.臨床での関連(症状・特徴)
- 母指と示指でのピンチ動作の低下
- フローマン徴候(紙をはさむと母指IP関節が屈曲)
- 母指球の内側のこり・痛み
- 尺骨神経麻痺での母指内転筋の萎縮
- 手の精密操作(筆記・裁縫・スマホ操作)による疲労
母指内転筋の障害では、母指がうまく閉じられず、
紙や物をつまむ際に母指のIP関節を過屈曲させて代償する(フローマン徴候)。
これは母指内転筋の麻痺を示す典型的サインである。
鍼灸では「魚際」「合谷」を中心に、母指球部の筋緊張緩和と
尺骨神経領域の通絡(経絡の通りを良くする)を目的とした施術が有効である。
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